真宗門徒にとって報恩講はとても大切な仏事だと聞きました。報恩講とはどういった仏事なのですか?

報恩講とは、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人の遺徳を偲ぶとともに、親鸞のあきらかにされたお念仏の教えを聴聞し、自らの生活を振り返るとても大切な仏事とされています。報恩講では、人々が寄り合い、ともに聞法する場として、今日まで脈々と勤められてきたのです。
 教福寺では、毎年10月に報恩講を厳修しています。また、本山の東本願寺では毎年11月21日~28日まで、大阪の難波別院では毎年10月25日~28日まで、それぞれ報恩講が厳修されています。

お正月の修正会(しゅしょうえ)は初詣とは違うのですか?

浄土真宗のお寺では、新年に「修正会」という法要が勤められます。文字通り「修正会」は正月に修される法会として、古くから真宗寺院以外のお寺でも行われており、明治から始まった神社などへの初詣の一つの起源ともいわれています。
 初詣では新年の願いを込めてお祈りしている姿を見かけます。一年のはじめ、人生の節目に手を合わせ祈ることは、人間として自然の営みですが、私たちはどういう思いで何を祈っているのか、よく考えてみなければなりません。その願いが叶うことで、本当に心が満たされるのでしょうか。一つの願いが叶えば、また別の願いがわいてくるのが私たちです。自分の思い通りになることを願いつつも、その思いに振り回されるのもまた私たちなのではないでしょうか。
 現在、浄土真宗では、新年に際し、ご本尊・阿弥陀如来に手を合わせ、あらためて仏さまの教えを聞いていく歩みだしをする大切な機会としています。「あなたの生き方はそれでいいのですか」と呼びかけてくださっている仏さまの呼びかけに応えて、迷いのなかでも教えにいきようと、新たに決意するときなのです。
 なお、教福寺では、毎年元日の朝10時より修正会を勤修しています。

花まつりとはどういう行事ですか?

花まつりは、4月8日のお釈迦さまのご誕生を祝って行われる仏事です。最近では、吉本新喜劇の小藪千豊さんが花まつりを盛り上げようとイベントを開催されるなど、改めて認知されつつあるようです。
 花まつりでは、色とりどりの春の花で飾った「花御堂」にお釈迦さまの誕生されたお姿(誕生仏)を安置し、甘茶をそそいでお祝いします。これは、誕生の際、空から甘露の雨が降り注いだ伝説にちなんだものですが、お釈迦様は誕生されるとすぐに七歩あゆみ、「天上天下唯我独尊」と声高らかに宣言されました。
 一人ひとりが誰にも変わることのない尊い命を生きていることに気が付き、生まれた意義を確かめる機縁として、お釈迦さまの誕生をお祝いしましょう。

永代経とはどういった仏事なのでしょうか?

永代経とは永代読経の略で、ご門徒からのご依頼を受けて、亡き人の毎年の命日などに、永代にわたって寺院でお経をお勤めし、お経を相続していくという仏事です。多くの寺院で毎年期日を定めており、教福寺では毎年4月にお勤めしています。
 生きている私たちが、自分に先立って人生を歩み、終えていかれた大切な方がいることをいつまでも忘れぬよう、そして、その方をご縁に仏さまの教え(お経)の前に身を据え、仏法を聞き続けていく機会となるよう、永代経は毎年欠かさずに勤められています。

真宗門徒にとってお盆はどのように迎えたらいいのでしょうか?

一般的にお盆と言えば、先祖がこの世にかえってきて、我が家で過ごした後、またあの世にかえっていかれる、その霊を追善供養し冥福を祈ることとして迎えるものだと考えられているようです。しかし、浄土真宗のお盆のとらえ方は少し違います。
 亡き人を案じ、供養したいという思いは自然なことですが、昔から真宗門徒は、亡き人を「諸仏《しょぶつ》」といただいてきました。諸仏とは、私たちを真実の生き方へ導いてくれる仏さまです。つまり、私たちから亡き人への先祖崇拝ではなく、私たちに「真実に目覚め、真実に生きよ」と呼びかけられてくださる亡き人を「諸仏」といただくことが大切です。亡き人を案じている私自身が、実は亡き人から案じられている身であったことに目覚め、あらためて、人間としていただいた命や生きる意味を問う機会がお盆なのです。
 お盆期間中は、終戦の日を前に、平和について考える報道やテレビ番組が数多く放送されています。平和とは、「いのち」とは、ご家族ご親戚揃ってそういったことを考える機会にされるのもいいでしょう。
 なお、教福寺では毎年8月15日にお盆の法要(盂蘭盆会)を勤修しております。

春と秋のお彼岸にはどういった意味があるのでしょうか?

彼岸とは、迷いの世界であるこの世を「此岸《しがん》」と言うのに対して、阿弥陀仏の「浄土」を指す言葉です。その浄土は、私たちが還っていく世界であると同時に、此岸に生きる私たちの生き方を照らし、「あなたは何を尊いものとして生きていますか」と問いかけてくる世界でもあります。つまり、浄土に還っていかれた亡き方を偲ぶとともに、あらためて自分の生活や在り方を振り返る大切なときがお彼岸なのです。
 なお、お彼岸の期間は、春分・秋分の日を挟んでそれぞれ前後一週間ですが、これはお浄土は西の方角にあると言われることに由来し、昼と夜の長さが同じとなり、太陽が真西に沈むその日だからこそ、教えを聞いていこうと今日までお彼岸は大切にされてきました。