浄土真宗のお寺の特徴は何でしょうか?

浄土真宗のお寺の特徴は本堂にあると言っていいでしょう。その特徴は、一人でも多くの人がお参りできるようにと、僧侶が出仕する内陣よりも、参拝者が座れる場所の方が広くとっているところです。他の宗派は、お寺は僧侶を中心とするのに対し、浄土真宗のお寺では、門徒が仏さまの教えを聞く場、聞法の道場として開かれているのです。
 教福寺でも定例の法話会を開催しています。ぜひ一度いらっしゃってください。

浄土真宗のご本尊について教えてください。

浄土真宗は「南無阿弥陀仏」の六字を本尊としています。そして、その心を姿で現されたのが「阿弥陀如来」です。教福寺を含め多くのお寺では本尊としてこの阿弥陀如来の木像を、またご門徒の仏壇では絵像が多く安置されています。
 本尊とはその名のとおり「本当に尊い」という意味です。『大無量寿経』というお経には、法蔵菩薩という方のことが書かれています。法蔵菩薩は、「私の名を一回でもとなえた人、誰しもが救われないならば、私は仏にはならない」という誓いを立てられ、その後、誓いが成就して、法蔵菩薩は阿弥陀如来という仏さまになられるというお話です。私たちは阿弥陀如来から、「ありのままのあなたを救います」と呼びかけられています。その呼びかけに、「ありがとう」という感動をもって私たちから出る言葉が「南無阿弥陀仏」です。
 なので、「南無阿弥陀仏」を本尊とするということは、阿弥陀さまと私たちの出あいを「本当に尊い」ものとして受け止めていくことなのです。

お念仏(南無阿弥陀仏)とはなんでしょうか?

お念仏を何か特別な呪文のように思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。
 親鸞聖人は、ただ「南無阿弥陀仏」ととなえる事こそが、阿弥陀如来が全ての人々を救うための選んだ唯一の行いであると明らかにされました。ですから、お念仏は、私たちの能力や善悪によらず、全てのものを無条件に救おうとする仏さまからの呼びかけとも言えるでしょう。
 そんなお念仏であっても、となえる回数が多いほどご利益があるのだろうとか、周りの人よりも大きな声でとなえようという意識がついつい私たちには湧いてくるものです。しかし、むしろお念仏を申し、仏さまの願いにふれる時にこそ、個人の努力や知恵によって、人を見下したり、自分を卑下して苦しんでいる、そのような私たちの姿を自覚することが大切なのではないでしょうか。

帰敬式は誰でも受式できると聞きましたが、どういった儀式なのでしょうか?

帰敬式は、ご門徒が仏さまの教えを依りどころとして生きる者となることをあらためて誓う儀式です。
 式では、ご本尊・阿弥陀如来の前で「三帰依文《さんきえもん》」という誓いの言葉を唱和します。三帰依とは「仏」「法(教え)」「僧(法に生きる人々の集まり)」という3つの宝を大切なものとして生きていくことを誓う言葉です。
 私たちは日々の生活のなかで、様々なものを頼りにして生きています。地位や名誉、財産など、なかなか手放すことはできません。しかし、帰敬式を受けるということは、そのような世間の価値観を第一としない生き方を、仏さまの教えにたずねていこうとする誓いの第一歩なのです。帰敬式を受式すると、お釈迦さまの「釈」の字を賜り、仏弟子としての名乗りを表す「法名(釈〇〇)」をいただきます。私たちの名前は、多くは親の願いがかけられ名付けられたものですが、法名には仏さまの願いがかけられたもう一つの名前なのです。
 なお、帰敬式は、東本願寺(真宗本廟)や難波別院で受式することが出来ます。詳しくは、住職までお尋ねください。

なぜ、浄土真宗の宗派が東西に分かれているのですか?

もともと東本願寺と西本願寺は一つの「本願寺」でしたが、江戸時代初めに東西に分派しました。戦国時代に本願寺と織田信長との間に行った「石山合戦」の末、大坂・石山本願寺を明け渡した本願寺ですが、1591年、豊臣秀吉より京都堀川の地の寄進を受けます。その直後、本願寺11代顕如上人が亡くなり、長男の教如上人が12代として継承します。しかし、一年も経たないうちに、秀吉より弟・准如上人に宗主の座を譲るよう命じられ、本願寺は准如上人が継承しました。これが現在の西本願寺です。
 このように時の権力者によって隠居の身を余儀なくされた教如上人でしたが、1602年、かねてから親交が深かった徳川家康から京都東六条の土地の寄進を受け、隠居後も教如上人を慕う門徒とともに東本願寺を創立しました。
 本願寺はこのようにして東西に分かれ、以後、荘厳や声明(読経)に独自の特徴を持つことになりますが、親鸞聖人のお念仏の教えは両本願寺でともに大切に受け継がれてきたのです。